インディゴブルーの人事手帖
第三回「未来の経営陣にも求める資質」

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「お手元の人材像カードを見てください。これまで多く語られてきたキーワードを52選んでみたものです。この中から、フジクラの次世代経営者候補にふさわしいと思うカードを3枚選んで下さい」

なかなか選べないぞ。人事担当執行役員の菊池はカードをテーブルの上に並べて頭を抱えた。

「あ、菊池さんのようなやり方をすると選ぶのが大変ですよ。」

すかさず柴田会長からいじられた。

「カードを一枚一枚見ていきながら、直観的にこれだ!というものを選んで下さい。選んだものをまた一枚一枚見ていただき、最終的に3枚に絞り込むというやり方の方がいいですよ。」

 確かにそうだ。カードに書かれたキーワードには同じような言葉も結構ある。仰るとおり、全部を並べてしまうと選べなくなる。

役員のみなさんはどんな感じで選んでいるのか。菊池は役員5名の様子を見てみた。

 CFOの山際はニコニコしながら選んでいる。彼はこういうセッションが大好きだ。研究開発担当の副社長の中川は一枚一枚を凝視して選んでいる。製造担当の荒木はテーブルの上に2枚並べて腕組みをしている。営業担当の吉田はなにやらぶつぶついいながらカードを選んでいる。みな個性が出ている。社長の飛田の様子を見てみると、すでに3枚選び終わっていた。

「いかがでしょう。3枚選べましたか?」   

柴田会長から声がかかった。

「カードの中に、なんだろう、似たような言葉が結構入っていますよね?だから選ぶのが悩ましいですよ。」山際が声を弾ませた。楽しそうだ。

「そうなんです。このカードに書かれているキーワードの抽象度がバラバラですし、さらに結果と原因の関係になっているものもある。このあとみなさんが何のカードを選ばれたかをお伺いしますが、違うカードで同じことを意図されていることもあると思います。まずはみなさんが選ばれたカードを教えてください。じゃあ、山際さんからいいですか?」

柴田会長は5名それぞれが選んだカードを投影したエクセルの画面に入力していった。

投影されたキーワードは15枚。なんと全員違う言葉を選んでいる。

「見事にバラバラですね。もし、本当にバラバラでしたら、上の人たちの評価の目が全く合っていないことになります。」

役員全員が苦笑した。

「ただ、どうでしょう。違う言葉を選んでいますが、意図するところは同じかもしれません。なぜ、この3枚を選んだのか。その理由をお聞かせいただけますか?」

「では、私から。」

副社長の中川が口を開いた。

「私が選んだカードは“危機感”“ビジョン構築力”“人を巻き込む力”です。経営陣たるもの現状に甘んじてはいけない。常に危機感をもつべきです。その上でどうしていくか、そのビジョンを明らかにする。最終的には組織が動かないと意味がない。だから人を巻き込む力が重要。“」

 中川はいつも通り断定的だ。荒木が手を挙げた。

「“危機感”はその通りだと思います。ただ、その危機感からビジョンに行く前に“先見性”が必要ではないでしょうか。」

荒木は“先見性”“戦略的思考力””全体最適の視点“の3枚をあげていた。

「確かにそうですね。」

山際が反応した。

「先見性がないとこれからのVUCAの時代に打つ手を誤ることになりかねない。私は“リスクテイク”と“状況判断力”をあげましたが、それ以上に“先見性”が必要だと思いました。」

「リスクテイクするにも状況を判断するにも、先見性がないと判断を誤る、ということだと思うのですが、中川さん、いかがです?」

柴田会長が中川に声をかけた。

「確かに。そういう風に考えて整理していくと、一見バラバラだがみなつながっているかもしれない。」

「さすがですね。おっしゃる通りです。」

柴田会長の褒め言葉に中川が表情を崩した。

飛田が発言した。

「荒木くんのカードに“全体最適の視点”とある。これについてどう思うかな。従来、本部長たちは部分最適を追求しがちだから、全体最適の視点を持ってほしいと言ってきたけれど、ここでいう全体という言葉がちょっとひっかかる。」

「全体の定義と言うか、範囲の問題ですか?」

柴田会長が尋ねた。

「そう。みなはどう思うかな?」

「社内だけでなく、ということですかね?」

吉田が眼鏡を掛けなおしながら発言した。

「SDGsの考え方もそうですが、うちだけがいいと思って事業をやる時代ではないということだと思います。」

「うん。そういう気がしてね。荒木くんはどういう意図で全体最適としたのかな?」

「私は社内のことしか考えていませんでした。しかし、吉田さんの仰る通りだと思います。」

「飛田さんはそれを考えて“倫理観”を選んだんですね?」

中川が重ねた。

「そうなんだ。全体最適と言う言葉を使うと荒木くんのように社内に閉じて考えてしまうのがふつうだ。だから敢えて倫理観としてみた。」

柴田会長が続けて問いかけた。

「倫理観に基づき、事業の行き先を先見し、となりますと次のキーワードは何でしょうか?“人を巻き込む力”か、“相手を感化する力”か、それとも“情熱”か。どれでしょう?“

 最終的に5名の役員が選んだカードは“倫理観”“先見性”“人を巻き込む力”と“情熱”の4枚になった。この間、わずか1時間。菊池はファシリテーションの効果と今回の人材像カードのようなナビゲーションツールがあると議論が進むことを実感した。

 「さて、この4つのキーワードが次世代経営者候補に求めるものとしたら、という視点からお手元のリストを見てください。まずは〇、×、△をつけてみてください。△はわからないという意味です。」

役員たちがざわざわした。

「×ばかりになっちゃったよ。」荒木がやれやれと言う表情を見せた。

 

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